孤独の再定義

2024.08.19

 

『Vox』というwebメディアで孤独をテーマにした面白い記事を見つけました。

 

(笑、いつもの西尾のクドクドした考察は今回は後半です)

 

まずは記事を紹介しますね。

 

 

●慢性的な孤独は肉体的にも精神的にも悪影響を与えるとされ、それは喫煙やアルコール摂取と同じくらい健康上のリスク因子であり、うつ病のリスク上昇につながる可能性を示唆する研究が存在する。

 

●この記事では、孤独のリスクを高める要因を理解することが重要だとしている。例えば、多くの研究はライフステージと孤独の関係について明らかにしている。

 

・孤独のレベルは成人期初期にピークに達し、中年期に低下し、人生の後半に再び上昇する。

 

・18歳から34歳のアメリカ人の30%が少なくとも週に数回は孤独を感じている。

 

・50歳から80歳の37%が過去1年間に交友関係が不足していたと答えている。

 

・家族や友人、隣人との接触頻度が低いと、孤独感が強まる傾向があることがわかっている。

 

・女性は男性よりも孤独感を強く感じる傾向があることもわかっている。ただパンデミック以降、男性は女性に比べて友好関係の減少が大きく、男性の15%が親しい友人がいないと答えている。

 

・幼い子どもを持つ母親の半数以上が深刻な孤独を感じている。ただ、子どもが成長していく中で孤独感が減少することもわかっている。

 

・人種や性的指向やアイデンティティも孤独に影響する。ヒスパニック系や黒人成人は白人よりも孤独を感じ、LGBTQの成人はそうでない成人に比べて孤独を感じる可能性が約2倍高い。

 

●またこの記事では、孤独を感じている時どのような形の社会的交流を求めているのかを考えることが重要である、と主張している。多様な人たちと交流することが一般的には良いとされているが、大勢で交流するのか少数で集まるのか、それとも見知らぬ人との会話が効くのかはもちろんその人の性格や状況に応じて変わる。

 

https://www.vox.com/even-better/366620/loneliness-epidemic-coping-demographics-america-social-connection-mental-health

 

 

 

この記事が面白いのは、孤独、というものを言語化して定義しているところです。

 

 

<孤独とは?>

◉孤独とは、単なる孤立ではない

◉孤独とは、いまある以上に社会や他者との関係を求める主観的な経験である

◉孤独とは、二項対立的なものでもなく、誰しもが経験しうるものである

 

 

2番目の項目が面白いなあ、って思いました。

 

「いまある以上に」

現状が孤独であろうと孤独でなかろうとスタート地点が「いま」っていうことです。「今いる場所」と「違う場所」のあいだには孤独がある。

 

「社会や他者との関係を求める」

関係を求めるとということは、より孤独ではない状態を求める、ということになると思います。

 

「主観的な」

自分の意思で、ということですね。

 

つまり2番目の項目を読み替えると、

 

◎「今いる場所」から「違う場所」を自分が求めるということは必ず『孤独』がついてくる

 

ということかな、って思います。

 

 

例えば、、、僕らが今やっている事業がある。自社ブランドは日本国内向けのBtoCをやっている。これを、BtoBに広げたり、海外向けに広げたり、そういうアクションには必ず『孤独』を感じるシーンがある。

 

例えば、、、転職でもそうですよね。今いる会社から新しい会社に自分の意思で変わるのには『孤独』がついてくる。それは、今いる場所の交友関係の断絶とかっていう意味ではなくって、その、新しい職場を求める、というアクションそのものが『孤独』を包含している。

 

(穿った見方をすれば、隆盛を極める転職サービスはこの『孤独』を減らせることが提供している価値の核なのかも。『孤独』ゼロにする装置=転職サービス、みたいな)

 

 

新しい世界を求める。すると、そこには構造的に必ず『孤独』が一緒についてくる。これはほんとうに僕自身がいつも強く感じていることです。

 

新しい事業を始めるとき。

 

新しいプロジェクトを始めるとき。

 

新しい製品開発を始めるとき。

 

僕はいつも自分の足元が真っ暗闇の底なし沼になっているビジュアルが浮かびます。足元を見ると地面が無くなっていて吸い込まれそうになる。

 

この記事を読んで、ああ、それは『孤独』なんだなあ、って改めて思いました。

 

 

僕は、ここで言う『孤独』を背負い込むのは経営者やリーダーの役割なんじゃないかなあって思っています。

 

笑、きっと、この真っ暗闇の底なし沼を背負い込めるのって、誰にでも出来るわけじゃないんですよね。

 

出来る人と出来ない人がいる。多分ですけど僕はどっちかっていうと「出来ない人」の部類に入る人間だと思っています。まあそりゃそうですよね。僕ごときが出来るはずがない。

 

じゃあ、なんで西尾はそんなバッサバッサと断言して決断して新しいことを始めているのか?って話なんですが、僕はやっぱり会社の内外の仲間の存在が大きいなあ、って思うんです。

 

仲間のために。晴代さんのために。スタッフのために。あの会社のあの人のために。

 

ここではあえて、仲間、っていう表現を使いましたが、仕事相手でも知人でも友人でもないんですよね。仲間の存在のみが『孤独』を中和してくれる。そんなような気がしています。

 

 

ということは大切なことは、、、

 

社内外に僕らの仲間を作ることだよな、って思うんです。社内だけじゃないんです。社外にも仲間を作るべきなんです。

 

「またあいつら新しいことをしているよ」

 

「仕方ないなあ、助けてやるか」

 

「あいつらのためなら仕方ないよな」

 

みたいな。そんなふうに思ってくれる相手をどれだけたくさん作れるか。この『Vox』における孤独の定義を読んでそんなことを思いました〜

 

笑、なんか今日はいいこと書けた気がする^ ^

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株式会社MEETSHOPの取締役。得意なことは整理整頓と言語化。