読書クラブ

2026.07.30

 

2026年7月の1つのトピックは、MEETSHOP代表のはるよさんと西尾の2人で(しかもたった2人 笑)、

 

◎読書クラブ

 

を作ったことだと思います。

 

前提条件として、

 

・はるよさんも西尾も本を読む時間がほとんどなく、どうしても後回しにしてしまう

 

・しかしながら、本から得られたものを近い人たちと侃侃諤諤することは、人生の楽しみの一つのはずだ

 

・ところが、はるよさん=読むのがゆっくり、西尾=読むのが早い、ので、同期できない

 

ってのがありまして。

 

それを受けてじゃあ、、、

 

◎「はるよさんが1冊読むあいだに西尾が4冊読む」という縛りをつけて、その日その日で読んだ内容を毎日3分ずつシェアしよう

 

という読書クラブを発足させた次第です。

 

(次の4冊のターンでは、西尾が事前に読んだ「これ、いいかも」っていう本をはるよさんに渡すというフロー)

 

これにはいろいろと理由があります。

 

分かりやすい引用として『The Atlantic』の記事を挙げます。

 

この記事は、

 

◎読書という営みがアメリカ社会からどのように姿を消しつつあるか?

 

を、認知科学・政治・歴史の三方向から論じたものです。

 

●全米芸術基金の調査によれば、2022年に何らかの本を読んだ成人は半数を切り、娯楽としての読書に費やす時間は2004年の28%から2023年には16%まで落ち込んだ。

 

●興味深いのは、これが単純な「非識字」への回帰ではないという指摘だ。人々はメール、SNS投稿、テキストメッセージと、かつてないほど大量の文字に触れている。ただしそれは長く複雑な文章を持続的に読み解く行為とは別物だ(こうした状態は「ポストリテラシー(脱・活字社会)」と呼ばれている)。そして認知科学者たちは、動画への接触時間が増えるほど読解に必要な脳の使い方が退化すると警告する。画面上で集中力が持続する時間は2004年の平均2分半から、現在は47秒にまで縮んだという。

 

※西尾注:イメージとしては「人が処理できる文字の量には上限がある」みたいなかんじ。100年前は「文字=本」だったんで、だから人は本を読んだ。ところが現代ではwebが超高速で文字を浴びせかけてくるので「文字=いろんな場所で読むもの」となり、本の割り当てぶんが減った、みたいなかんじ。

 

※さらに西尾注:これは本当にwebサイトづくりでもその通りで、もはやwebでも「文字は読まれないもの」として扱っている感じです。→だから僕らの会社の資料やwebサイトは「紙芝居」みたいなものになっています。

 

●この記事は、グーテンベルクの活版印刷から600年、活字を基盤とした思考様式は人類史のなかでむしろ短い「例外」だったのではないか、と主張する。

 

https://www.theatlantic.com/magazine/2026/08/reading-crisis-postliterate-age/687618/

 

なるほどな、です。

 

特に、

 

そして認知科学者たちは、動画への接触時間が増えるほど読解に必要な脳の使い方が退化すると警告する。画面上で集中力が持続する時間は2004年の平均2分半から、現在は47秒にまで縮んだという。

 

これは本当にその通りだと思っていて、、、

 

単位画面あたりの情報量は、

 

写真<動画

 

だと思っています。10倍に増えるイメージ。

 

西尾の感覚では、動画は写真に比べて、受け手に一度に流れ込んでくる情報が圧倒的に多い。

 

動き、声、音楽、表情、服装、背景、話す速度まで、こちらが選んでいない情報も同時に脳へ入ってきます。

 

5年ほど前までは、

 

「写真のほうが”伝わる”から、いい!」

 

「動画のほうが”伝わる”から、いい!」

 

って思っていたんですが、最近はちょっと違うかも、と思い始めています。

 

逆に、写真や動画って情報量が多すぎるんですよね。余計なことまで脳に読み取らせてしまう。

 

それが負担になるんだよな〜って思っていたところなので、この「画面上で集中力が持続する時間」に対する指摘はまさにその通りだな、と思います。

 

 

いずれにせよ、読書がもはや義務でも当然の教養でもなく、切手収集のような「趣味」に近づいていることは間違いないと思います。

 

だったら、、、

 

僕らなりの「読書」への取り組み方があるんじゃないか?と考えたのが、前述のはるよさんと2人で発足?した読書クラブです。

 

できればこの読書クラブを1年2年続けたい。で、その結果として起こる(起こった)ことを検証してみたい。そんなイメージです。

 

なんでこんなことを考えたかというと背景にはやはり、AI時代への過度なシフト、があります。

 

 

2026年7月の段階の西尾の感覚ですが、、、

 

AI時代のこの先にはとんでもない2極化が待っていると思っています。僕らはその準備というか…対策をしなきゃいけない。

 

2極化とは?

 

・AIを使いながらも最後の判断を自分で引き受ける人

 

・AIに判断を委ねる人

 

この2極に世界中の人々が収束していく。

 

前者が、AIを使って超高速でなんでも決めていって、後者が、前述の文字や動画の洪水に認知機能がやられ?ながらもAIの助けを借りながら仕事をこなしていく。

 

そんなかんじです。

 

 

は?

 

何を言っているんだ?

 

と思うかもなんですが、、、苦笑

 

とても示唆に富む記事が『Build What Wins』の記事にあったので紹介しますね。

 

前提の知識として、、、

 

AIが登場

すべてが平均化する

差別化要因がなくなる

だから”テイスト”が差別化になる

 

っていう主張があります。

 

例えば、、、

 

MEETSHOPの自社ブランド「オアディスワン」では自社開発のサプリを売っています。

 

ところがこれだけwebが発達しAIが社会実装された世界では、作ろうと思えば誰でもサプリを作れてしまう。

(現に、大手などの資本力があるところはバンバン新商品を開発して投入してくる)

 

 

だとしたら我々のブランドはどうやって差別化するのか?

 

そうなると差別化要因は「テイスト(趣味)」しかないですよね、となる。

 

ブランドオーナーのはるよさんの笑顔、明るい雰囲気、悩みや体質に合わせて商品を組み合わせた提案、LINEや店舗での継続的に相談、運営会社であるMEETSHOPのビジョン、など。

 

そういう形がないもの=テイストが差別化になる。というかんじ。

 

(ちょっと違うか?テイストそのものではなく、テイストを中心に仕事の仕組みが一貫していることが重要、ってかんじか)

 

前提が長くなりましたが、、、

 

この『Build What Wins』の記事はそういった「AI時代の差別化要因=テイスト」という議論に一石を投じています。

 

●この記事では、AIによって実装コストを限りなくゼロに近づく世界で、次世代のテック企業はハッカーハウスよりも、ディオールなどファッションのメゾンのようになる、という論を展開している。

 

●AIが発展すると、テクノロジー企業に残る差別化要因は「趣味の良さ(テイスト)」だけになり、起業家たちは皆、豊かな食卓から洗練された判断を下すリック・ルービンのような賢者になる、という主張をよく見かける。しかし、ダブリンを拠点にする投資家ジャック・カンティロンは、優れた創業者は瞑想する隠者ではなく、ディオールで女性、男性、オートクチュールの3部門すべてのクリエイティブディレクターを束ねるジョナサン・アンダーソンのような人物なのだと語る。

 

●彼は年に約20のコレクションを回し、絶え間ない創造的破壊を体現する。メゾンとは、一人のディレクターがビジョンを定め、その下でアトリエの職人がスケッチを数日で服にし、コマーシャルや流通が物語を増幅す仕組みを持つ。ディレクターは全てを作りはしないが、全てに触れる。ソフトウェアはいま、この「昨シーズンの成功は全て過去のものになる」世界に足を踏み入れつつある、というのがこの記事の主張だ。

 

※西尾注:ディオールでジョナサン・アンダーソンがやっていることは、まじで、まじで、ありえないことなんです笑 Diorっていう老舗メゾンで、オーダーメイドの注文服(クチュール)と、メンズとレディースの既成服(プレタ)をまわすって、まじでありえん。例えばですが西尾が大好きコムデギャルソンも、オーナーデザイナーの川久保怜が仕切っているのはメンズ1ラインとレディース1ラインだけだったと思います。ジョナサン・アンダーソンはその5倍を回している。

 

●例えば、CursorはCEOのマイケル・トゥルーエルが、クリエイティブディレクターのように全面で高頻度の判断を下すエクスペリエンスのレイヤーで優位性を築いている。また、この記事は、今後残る仕事は、高速で作る者、基盤を守る者、世界に体験を届ける者、そして加速する組織に「まあ落ち着け」と言う大人(法務・取締役会・アルノー)の4つしかないと語る。

 

https://vcmarketfit.substack.com/p/the-future-technology-company-wont

 

いや〜おもしろい。

 

テイストが差別化要因だというもはや手垢のついた話を「テイストはもはや前提条件にすぎず、問われるのはそれを使うスピード」として反論。しかもそれだけでなく新しい主張を展開している点はとても刺激的ですよね〜

 

特に、

 

1.高速で作る者

2.基盤を守る者

3.世界に体験を届ける者

4.加速する組織に「まあ落ち着け」と言う大人

 

この4つに今後残る仕事が分類されるという主張は、ほんとに考えさせられます。

 

僕らはもちろんジョナサン・アンダーソンみたいにはなれないのですが、それでもやはりAIを駆使して「高速で作る」ことには挑んでいかなきゃいけないと思っています。

 

超高速時代、爆速時代の到来です笑

 

 

ぐるっと回って最初の話ですが、、、

 

僕らは「1.高速で作る者」もしくは「3.世界に体験を届ける者」になっていくしかなく、文字や動画の洪水に溺れて認知機能を低下させている時間はないように思うんです。

 

だとすれば必要なのは、、、

 

(不必要な)文字や(不必要な)動画など自分の認知機能を浪費するものに触れる時間を極力減らし、自分たちに認知機能や判断スピードを早めて、超高速化に対応していくことかな、と思うんです。

 

というわけで冒頭の「はるよさんと西尾の読書クラブ発足」につながったわけです。

 

毎日、

 

「この部分はなるほどな、と思った」

「これは先日の仕事で〇〇さんが言ったことだ」

 

みたいな感じで、自分が読んだ本の3分シェアをやっています笑

 

AIによって、作る速さは誰でも手に入れられる。

 

だから差になるのは、何を作り、何を作らないか、その両方を一貫した基準で判断することで、その判断のスピードなんです。

 

この読書クラブの活動が、我々の判断速度と判断精度を高める一助となるといいんですが^ ^

 

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株式会社MEETSHOPの事業開発担当。得意なことは言語化と図式化、整理整頓。